猫の問題行動と栄養との関係(研究紹介)

ウールサッキングや攻撃性といった、いわゆる問題行動と呼ばれるものは、その多くが「幼少期の経験」によるものと解説されがちです。
では幼少期が荒んでいたら、行動の矯正はもう難しいのかと言われたらそういうわけでもありません。
例えば、母親離れが早かった猫は問題行動を起こしやすいと言われていますが、そのような猫全頭が必ず問題行動が起こるわけでもありません。

問題行動に関する要因として、幼少期の経験以外を焦点にしている研究も複数報告されていて、その一つが「栄養」に関するものです。

「イライラするのはカルシウム不足だから、牛乳を飲みなさい」と言われたことはあるでしょうか。
これは少々雑な例ではありますが、私たち人間も、普段摂取する栄養の偏りとストレスや言動との関連を見聞きしたり、実際に体感している人も多いもの。
同じ哺乳類の猫にとっても、栄養バランスが行動に与える影響は無視できないものです。

今回は猫の栄養と問題行動に関してまとめた研究を紹介します。

食と問題行動(水越, 2014)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpan/17/2/17_81/_pdf/-char/ja

中身をいくつかピックアップして紹介するため、興味を持った方はぜひ実際の論文を読んでみてください(オンラインで全文無料公開されています)。
あくまで一つの総説の解説であって、その全てが科学的に完全に証明されているわけではないことを留意いただきながら、猫の自然な食事行動や栄養との関係への知見を深め、愛猫との生活に活用していきましょう。

食事に関する猫の自然な行動

暇や退屈は問題行動の元。狩りの真似も対処法の一つです。

最初に、猫の自然な食事行動や、好む味の傾向について紹介します。

・食事の回数

猫は自由に行動させていると、1日9~16回に分けて少量ずつ食べる。

・犬に比べて食物関連性攻撃が少ない(犬に比べて)

食物関連性行動とは、食物や食器など食物に関連するものを防御するために,脅威や危害を与える意志のない個体に対してみせる攻撃行動のこと。
犬は群で大量の食物を競争しながらガツガツ食べる、猫は単独行動で小動物を食物として狩っていたという、生活の差によるものかと考察されている。

・好みの味

猫は馴染みの味より新しい味を好むが、新しい味が好みでない場合は、馴染みの味に戻るようになる。
また、猫は一般的に、羊>牛>馬>豚>鶏>魚の順に好むとされている。

・採餌時間

雌の野良猫は1日の46%、飼い猫の場合は26%の時間を採餌時間にあてている。
雄は雌より時間としては少々短くなる。
飼育下では狩りがほとんどないので、採餌の工夫など環境エンリッチメントが大切。

環境エンリッチメントとは、飼育動物の正常な行動の多様性を引き出し、異常行動を減らして、動物の福祉と健康を改善するために、飼育環境に対して行われる工夫を指す。飼育動物の福祉を向上させるもっとも強力な手段の1つとされる

wikipedia

暇や退屈により常同障害、吠え、破壊行動などの問題行動につながることがある。

まとめると、
・少量ずつ食べる置き餌タイプが望ましい
・味の好みが合わない場合は一般的に好む味順にフードを試してみるのがいいかもしれない
・また、特に室内の飼い猫は採餌時間が短く、狩りと呼べる時間が少なくなりがち
これがストレスになり問題行動に発展することもあるので、採餌や遊びの工夫で飽きさせないことが大事
ということがわかります。

猫の栄養と問題行動との関係

猫には猫の、必要な栄養があります。

本論文では、より行動研究が発展している犬を対象として、食物のタンパク質量並びにトリプトファン(セロトニンの材料)の有無と、食事後の攻撃行動の有無を観察した研究を紹介しています。

・タンパク質量と攻撃性の関係

まず、攻撃性の高い7頭の犬に低タンパク食を与えると、うち4頭は攻撃性が減少しました。
しかし、改善したうち2頭は攻撃性が再発していることから、低タンパク食による攻撃性への効果や持続性は個体によるようです。

次に、テリトリー攻撃性が高い12頭の犬に低・中・高とタンパク質量が異なる食物を2週間与えたところ、低タンパク食・中タンパク食を与えた個体で攻撃性が減少したという報告があります。

これらのことから、食物のタンパク質量が多いと攻撃性が高くなり、タンパク質量が中〜低だと攻撃性が軽減されると考えられます。

・トリプトファンと攻撃性の関係

タンパク質量が高すぎると問題行動を誘発しやすくなる傾向は分かりましたが、タンパク質は動物の体を作る重要な栄養素です。
むやみやたらに減らすことは、猫の健康そのものに影響を与える可能性があります。
タンパク質量を変えられない場合の対処法はあるのでしょうか?

その対処法の糸口になりそうな物質の一つが「トリプトファン」です。
トリプトファンは体の中でセロトニンという神経伝達物質の一つになり、ドーパミン・ノルアドレナリンを制御することで、精神を安定させる働きをすることが知られています。
本論文ではこのトリプトファンと犬の攻撃性についての研究も紹介しています。

観察対象の犬は、優位性攻撃、テリトリー攻撃、過活動を示す個体です。

優位性攻撃:自分が群れの中で上位である時に下位の個体を攻撃する行動
テリトリー攻撃:縄張りへの侵入を阻止する攻撃行動

その犬たちを4グループに分け、グループ間で餌のタンパク質量とトリプトファンの有無を変えて1週間与え、攻撃性の変化を観察しました。

下は餌の種類と攻撃行動への効果をまとめたものです。

高タンパク質+トリプトファン追加→優位性攻撃に効果あり、テリトリー攻撃に効果確認できず
高タンパク質+トリプトファンなし→ 優位性攻撃に効果確認できず、テリトリー攻撃に効果確認できず
低タンパク質+トリプトファン追加→ 優位性攻撃に効果あり、テリトリー攻撃に効果あり
低タンパク質+トリプトファンなし→ 優位性攻撃に効果あり、テリトリー攻撃に効果確認できず

このように、トリプトファンを食事に混ぜることは、一部の攻撃性について効果がある可能性が示されています。

なお、犬の攻撃行動については他にも種類があり、攻撃行動の主要な要因の一つである「恐怖性」については、今回の研究では効果が示されませんでした。
恐怖性攻撃は恐怖が限界に達した時に出る行動で、追い詰められた時に出やすいとされるものです。
罰や虐待などが原因による攻撃行動と分類されます。

セロトニンが不安や恐怖に影響することはヒトを含むいくつかの動物種で確認されているため、犬でも同様になんらかの関与があると考えられています。
今後の研究でどのような影響があるのか明らかになると思われます。

この論文が出た時点では、トリプトファンの滴下やタンパク質量の調整だけでは減らせない攻撃性がある、というのが事実です。

栄養と問題行動に関する対策

前のセクションではタンパク質量とセロトニン(の前駆体としてのトリプトファン)に注目して、問題行動と栄養の関係を紹介しました。
このように、食事から問題行動を改善したいと考えるオーナーのために、昨今様々な商品が開発・販売されています。
あくまでこの論文が出るタイミングでの情報ですが、海外ではトリプトファン添加の餌が市販されています。

トリプトファンの他には、GABAに関連したアルファガゾゼピンという成分を加えたサプリメントも発売されています。
アルファガゾゼピンは、人のストレス軽減物質として有名なGABAの利用効率を高める機能が報告されています。
不安に関連して問題行動を起こす猫にアルファガゾゼピンが入ったサプリメントを与えたところ、与えなかった猫に比べて明らかに行動が改善されたという研究結果があります。

他にも、不安軽減としてはL-テアニンという、セロトニンやドーパミンの脳内レベルに影響する成分も、サプリメント化されているものがあります。
また、脂肪酸の代表格であるDHAには、子犬の問題行動の改善と関連があるという研究が発表されています。

このように、様々な成分と問題行動の関連が研究され、その結果市販されるサプリメントも増えてきています。
私たちオーナーは、「なんとなく良さそう」「安いから」などの理由で安易にサプリメントを選ばず、症状や問題行動の原因を見定めることが大切です。

猫は話せませんし、具合が悪いことを隠すと言われる生き物ですので、その分オーナーが猫の行動やご飯などの様子から、対策の良し悪しを根気強く判断していきましょう。

まとめ

問題行動しちゃう子もしない子も、快適な猫ライフを

論文紹介は以上です。
猫の自然な行動と、栄養が問題行動とどう関係するのかをまとめた論文の一部を紹介しました。

興味を惹かれた方はぜひ全文を読んでみてください。

本研究は2014年時点のものなので、それ以降さらに研究が発展しています。
また、愛玩動物へのサプリメントなどの栄養補助食品も、ペットブームの広がりとともに拡充していくと考えられます。
猫そのものの性質への理解を深めていきながら、その猫の状態にあった栄養を取り入れられるようにすることが、愛猫とよい時間を過ごしていくために大切です。

後半の方では問題行動と栄養について、いくつか研究事例を紹介しました。
これを見ると、「低タンパク食にしよう」「トリプトファンを餌に混ぜよう」というアイデアが出てくることもあるかもしれません。
大切なことは、問題行動は人と猫が抱える問題の一つで、食事の改善はその解決方法の一つでしかないということです。
現時点では食事で改善できない問題行動があることは示されていますし、行動以外の問題(猫のそもそもの体の機能など)を抱えている・隠している個体には、偏った知識で安易な判断をするのは避けた方が良いでしょう。

とはいえ同居猫の問題行動について、対処法の候補が増えることはとてもいいことです。

環境の整備や暇・退屈をさせない工夫に加えて、栄養分の調整という手段が取れるというだけでも、今問題行動に悩まされているオーナーと猫にとって助かる情報なのは事実。
実行する前には必ず、主治医の先生に相談しながら、猫とオーナーにとってより良い解決策を模索していくのが良いと思います。